
他の曜日ではちょっと難しいことも土曜日ならできると思うんですよね。
あんまり深く考えず、思いついたことから動き出してみることにします。
子どもたちの興味関心がどんなことに向けられているか。
子どもたちはどんな力をつけてきているか。
それらを踏まえて今後どんな活動に展開させていくか。
そのためにどんな配慮が必要か。
こんなことを日々話し合ってます。

6月の終わりのことですが、高校2年の生徒11名が保育園に来てくれました。以前から時々放課後に遊びに来てくれていたんですが、今回は家庭科の授業の一環「保育実習」です。その生徒たちが実習の感想を書いてくれたので、それを読ませてもらいました。読んでいて生徒の心の動きや子どもたちの姿に「おもしろいなあ」と感じることがいくつもあったので、今回はそれを紹介させてもらいます。
「自分にもこんな時期があったと思うと懐かしくなりました。」
乳幼児と関わることで自分の生い立ちを振り返ることができるんですよね。あさり保育園では中学生や高校生のボランティアを積極的に受け入れているんですが、それは、周りの多くの人との関わりによって育ってきたことを改めて知る機会をもってもらうことが目的の1つでもあり、大事な体験だと思っています。
「7ヶ月のYくんが私のことを気に入ってくれ、ミルクを飲ませてあげるときにずっと掴んでくれていたのが嬉しくて嬉しくて仕方なかったです。」
生徒の感情がよく伝わってきますし、同時に赤ちゃんのすごさも感じます。赤ちゃんには自分の面倒をしっかりと見てもらうために、養育者に対して「自分のことをかわいいと思ってもらう」ための行動をとることが分かっています。このことについてはまた別の機会に紹介させてもらいますが、この生徒の嬉しそうな表情が目に浮かんできますね。
「ある子が食べ物を床にこぼしてしまったとき、誰一人としてその子を責めることなく、みんなで協力してそれを拭いていたことには感激しました。」
その場面を丁寧に見てくれていたんだなあとも思いますし、協力し合っていた子どもたちもすごいと思います。子ども同士の関わりの中でつけてきている大事な力です。
「子どもがニガテです。何が言いたいのか、何がしたいのか分からないし、泣かれるとなんか嫌だし…。 〜略〜 その後でちょっとだけで3,4,5歳児と遊ぶときがあって、意外と楽しくてまた来て遊んでみたいと思いました。」
素直な生徒ですね。そしてその生徒の気持ちを変えてしまった子どもたちはすごいです。高校生が子どもと関わる意味は、大人が関わる意味とは違ったものがあるんでしょうね。
「今度また個人的に行きたいと思います。」
「大好きな場所の1つです。」
これはとても嬉しい感想です。多くの人が気軽に立ち寄ってくれ、それぞれのスタンスで子どもたちと関わってくれる、そんな“馴染みの保育園”でありたいと思っているので。
学びって、とってもダイナミックなものだと思います。
問いと答えをセットで渡して記憶させ、答えを隠してそれを当てる…
といった単純なことではなく。
あることを突き詰めていけば、それまでの自分の価値観がひっくり返るくらいの出会いがあったりするのが学びのおもしろいところなんじゃないでしょうか。
そう考えると、乳幼児期に様々な出会いや気づきによって価値観がひっくり返る=新しい世界に踏み込むことの楽しさを存分に経験しておくことは、先の学びの姿勢に大きく影響してくると思います。散歩をしている途中で虫を発見して飽きることなく観察する体験とか、自分にはできないことを軽々とやってしまう上の子の姿から刺激を受けることとか、ちょっと危険なことにも挑戦することで身を守る術を身につけ活動範囲を広げていくこととかって、とっても大事なことなんだと思います。
まずは学びの基礎を固めていくために、遊びや生活の中で、心が動いたり新たな価値観に触れたりするような体験を十分に積み重ねること。そのことを深ーく考えて実践していきたいと思っているんですよね。
夕方の出来事です。
子どもたちの歓声が聞こえてきたので様子を見に行くと、高ーい積木の塔が2つも作られていました。そして、恐らくその塔作りに関わっていたと思われる子たちが、ロフトに上がって上からその塔を眺めています。

「どっちが高い?」「あっち!」「いや、こっちかな!」と楽しそうに話しています。
しばらく観察が続いたと思ったらまた下に降りてきて、もっと高く積み上げた子たちがどうすれば積んでいけるかを話し合い、挑戦していました。

歓声が聞こえる30分くらい前にはこんな塔はなかったと思いますが、あっという間に作り上げてしまったようです。熱中し始めたときの集中力や展開の早さはすごいですし、一緒になって遊んでいた子たちの一体感もすごく感じました。
また、単に積むだけで終わるのではなく、高く積むためにイスを持ってきたり、そのイスを重ねて更に高くしたり、もっと高くするためにはどうすればいいか考えたりと、工夫する様子があちこちで見られました。高さを比べたいけど下からでは判断しにくいと感じたのか、同じくらいの高さから眺めて比べてみたりというのも見事な工夫です。
これらは全て学びにつながっていくものです。「学びの基礎」という言い方の方がいいでしょうか。すごい体験を子どもたちだけで見事にやってしまってるなあと、ちょっと感動した風景でした。

あさり保育園の園庭には、昨年完成した「屋根に登ることのできる小屋」があります。この小屋に何とか登ろうとがんばっている子どもの姿を見ながら、この小屋に挑戦することの意味を考えてみました。まず大切なのは、自分で「やってみよう!」と思って取り組むこと。それがその子の力になっていきますし、そこで得られた達成感が次の活動への意欲につながっていきます。そして「やってみよう!」と思うためには、他にも夢中になれる遊びの選択肢があることも大事です。選択肢があり、またそれを選ぶことができるよう環境があるからこそ、その中から自分の興味のあることを見つけて「やってみたい!」「やってみよう!」という気持ちが生まれてきます。
次に、登りたくない子を無理に登らせた場合を考えてみます(もちろんそんなことはしませんが)。それはその子にとって楽しくないことですし、登るだけの力が備わっていない子が登ると当然一人で下りることもできず、落下などの危険度を高めることになってしまいます。こういう遊具は「登らせてー!」と大人に頼んできたとしても、手を貸してあげるべきではないと考えています。「自分の力で登ることができなければ危ない」ことを伝える大事な機会と捉えています。さらに、「高さ」の要素がある遊びは子どもにとって魅力的なものなのですが、同時に危なさもついてきます。高さのある遊び場を無計画に用意することが危険なのは間違いありませんが、だからといって全ての「高さ」を否定してしまうのは乱暴な話だと思っています。高いところが危険なのは当たり前で、でも「考えられた高さ」によって「ちょっと怖いな」と怖さを感じたり、めまいを感じたりする経験も、子どもの成長にとって大事なことだと考えています。
そして、この小屋では挑戦を繰り返す子の姿が見られます。簡単に登ることができない、でも登りたい。登れる子の姿に刺激を受け、その姿をよく見て、真似をしてやってみて、うまくいかないけどまた挑戦する。それを繰り返して登ることができるようになる経験は、できるだけ多くの子に体験してもらいたいと思っています。また、小屋の上で友だちと話をしてくつろいだり、見下ろすことでいつもとは見え方の違う園庭の様子を楽しんだりと、登ったことで得られる体験は重要なところです。むしろその方が子どもたちにとっては大事だったりすることもあります。単に登って下りるだけではなく、その過程をどれだけ楽しめるか、どんな遊びの広がりや新しい発見があるかも、挑戦の意欲をかき立てる大事な要素です。小屋に挑戦する姿には今後も注目していきます。