年に一度だけ行っている研修会が始まりました。

今日は益田市の園へ講師をお招きしての小さな勉強会。明日は270名が集まる大きな研修会。大きなつながりを目指しているけど、そのためには小さなつながりを丁寧に作っていくしかありません。
あと5年くらいかけて新しいつながり、新しい流れを作りたいと思います。
今日のプレおたのしみ会で保育者が和太鼓演奏を披露している様子です。

ステージでは華麗な演奏が行われているんですが、ステージ下の最前列の子どもたちの行動が興味深かったので撮影したものです。
小さくて分からないかもしれませんが、最前列の数人の子が保育者の動きに合わせて手を挙げています。演奏を真似している様子です。最初は身体を揺らしながら聞いていたんですが、そのうち1人が保育者の動きを真似し始め、それにつられて横の子も、その横の子も同じように動き始めました。
こうやって「思わず身体が動いてしまう」表現というのはいいですね。誰かに強制されるのではなく、自分の意思で、時には無意識のうちにリズムに反応して身体が動いてしまう。こんなことが興味を持つきっかけとしてあちこちにあれば、子どもたちの学びは深くなっていくでしょうね。
いい姿を見させてもらいました。
折々のことばから。
あれこれ言う人が手伝ってくれるわけでなし、言う通りにしてもさらに上を求められるだけでお駄賃くれるわけでなし、きりもない
柴崎友香
鷲田さんのことば
「自分のやり方でいいやん」と続く。乾燥きざみ揚げを買ったらこれが「めちゃめちゃ便利」、ほんと助かると作家は言う。世の中、どれだけ手をかけたかで「愛情」を測りすぎ。暮らしを上手に回すにも「完璧以外」のやり方があると。手抜きできないものは人それぞれに異なる。本紙大阪本社版6月18日夕刊の随想「季節の地図」から。(鷲田清一)
「愛情」のものさしに限らず、自分が強く信じる何か特定のものさしを出してきて、そこから外れた人を強烈に非難する、もしくは矯正しようとする人もいますよね。その人にしてみれば良かれと思って、相手のためになると本気で思って言ってくるから、対応に困ってしまいます。「完璧以外」のやり方はあるし、そもそもその人にとって心地よいやり方があるはずで、最低限それを尊重した上で対応するのがいいんじゃないかと思うわけです。
英オックスフォード大学でAI(人工知能)などの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授が、論文『雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか』の中で、702の職種すべてについてコンピューターに取って代わられる確率を試算されています。そして、その中にはスポーツの審判も入っています。
今サッカーのW杯が盛り上がっていますが、今大会で導入されているVAR(ビデオ・アシスタント・レフリー)がたびたび話題になっています。それがどれだけの効果を上げているかは置いといて、この先この流れは止まらないだろう、ということは審判がAIに取って代わられる流れは確実に来ているんだろう、そう思います。
今こども園に通っている子どもたちが社会に就職をする頃は、現在はあるけど消えてしまった職業がたくさん出てきているはずです。どんな世の中になるんでしょうか。その社会で必要なのはどんな力なんでしょうか。考えても答えは出ないけど、頭を柔らかくして考え続けないといけないことだと思っています。
日本農業新聞を取っている人が定期的にその新聞を持ってきてくれます。一度読ませてもらったとき、あまりにもおもしろかったのでそのことを伝えたところ、その次の日から持ってきてくれるようになりました。
何がおもしろいかというと、農業をやっている方々が読む新聞なので、何から何まで農業目線であるところです。当然ですが。
こんな品種を開発した、こんな機械が導入された、こんなキャンペーンを張っているといった農業ど真ん中の話題や、政治や経済も農業の視点からの取り上げ方だったりします。
そうやって軸が明確に定まっているからなのか、どの記事も迷いがないというか、立場が明確なので筋が通っています。こういった記事を他の新聞ではなかなか読むことができないのが最近の新聞の傾向のようにおもっていて、だからこそ新鮮な気持ちにさせられます。
今日は干し柿ハンガーを紹介する記事がありました。一度に80個干すことができ、仕上がりもきれいだそうで、「場所をとらず美人な干し柿ができる」と開発者の上原さんは話しておられます。

いいですよね、こういう記事。決して花形の職業ではないけど、私たちには欠かすことのできない大事な仕事をしておられる方の取り組みを、こうして丁寧に取り上げています。こうやっていろいろなところにスポットが当たるような仕組みが継続していってほしいです。
「フィンランド理科教科書 生物編」を読み始めました。
これは読み物としておもしろいです。何かを覚えるのではなく、考えることを重視しているのがわかります。
運動の章では筋肉も取り上げられており、非常に精密な図が掲載されていて驚きます。

ヒトの一生の章では老いについても取り上げられており、どの世代に対しても敬意を払っていることも伝わってきます。

この学習が行われるまでの流れもおもしろく、余裕があればフィンランドの教育全体のことを勉強してみたいと思うのですが、その一端に触れることができるだけでも価値のある本だと思います。
この教科書の最後には次のような文が載っていました。ある教科の知識を得ることが目的なのではなく、その教科を学ぶことを通して人生を豊かにすることを考えることが目的だと、明確に示していると思います。もう”教科書”を超えていますね。
幸福な人生とは
幸福な人生とは何か。その答えは、人それぞれだろう。人生に起伏を求める人もいれば、穏やかな人生を望む人もいる。完ぺきな人生というのはほとんどありえないが、困難や危機は、私たちが精神的に成長できる機会でもある。
どの人の一生も、その人自身のものである。私たちは生きているあいだに、自分ではどうしようもないことがらにたくさん出会う。人生は選択に満ちている。ときに、とても難しい選択もある。より正しい解決方法を見つけるには、選択の助けになるような多くの知識と、己の選択の影響を見通す力、想像力をもちあわせている必要がある。
健康的な生活習慣、何ごとにも積極的な姿勢、何ごとにも積極的な姿勢、親密な人間関係、そして良い友人たちが、人生の苦悩に耐え、人生を意味のあるものにする最良の助けとなる。
自分を大事にしなさい。なぜなら、あなたは、あなた自身の人生にとって、かけがえのない主役なのだから!
「森ではたらく! 27人の27の仕事」と「人口減少社会の未来学」を読んでます。どちらも島根県、特に江津市の抱えている課題に大きく関係する内容です。特別に意識しているわけではないですが、いつも何となく頭にそのことがあるんでしょう。何となく選んだのがこの2冊でした。
森というものにどんな魅力を見出すか、そこに関わることの意味をどう定義するか、人口減少の課題に対してどんな対策を立てていくか。常に手探りではありますが、考えなければいけないことだと思っています。