昨年初めて取り組んだ年長児が対象の「科学遊び」の活動が、今年も9月からスタートしました。第1回目は、水を入れたコップの中に油を入れるとどうなるか?そこにインクを垂らすとどう変化していくか?といった内容です。別に「油には水になじみやすい親水基がなく、水のように分極もしていないため・・・」なんてことを教えるつもりはありません。ただ、その現象を見ていて、「うわー、おもしろい!」とか「不思議だなぁ」とか「どうなってるんだろう?」などと感じてもらえればそれで十分です。私たちが大切にしたいのは、知識ではなく、「知りたい」と思う気持ち、好奇心・探求心だからです。
探求心について、こんな風に考えます。例えば、今年行われたサッカーのワールドカップで、日本はグループリーグの最終戦であるデンマークとの試合に勝利し、決勝トーナメントに進出しました。このときデンマークがどこにあるのか、どんな特徴を持った国なのか、知らない日本人が多かったようです。で、国際化社会のこの時代にそれではよくないだろうということで、「デンマークについて教える機会があってもいいのでは」という話になるのがよくあるパターンです。でも、これってちょっと違いますよね。というのも、たとえデンマークについて教えてもらう機会があって覚えたとしても、今度は決勝トーナメントで対戦したパラグアイのことがわかりません。じゃあ今度はパラグアイのことも教えなければいけない、最後には全ての国のことを教えなければいけないといった風に教えることばかり増えていき、子どもも覚えることばかり増えていきます。
教えることにも限界はありますし、覚えられる量にも限界はあります。そうではなくて、「日本が対戦するデンマークってどんな国だろう?」と興味を持ち、「ちょっと調べてみよう」と思えるようにしていかなければいけないんだと思います。そのように考えること、調べようとする行動力こそ、探求心です。8歳くらいまでは、知識を覚え込ませるのではなく、「不思議だな」「どうなってるんだろう」と感じる体験をできるだけ多くしておくことが、探求心を高めるためには重要なことで、それが後に知識をどん欲に吸収する基礎となります。世界の教育は、そのような方向にどんどん変化してきています。不思議だなと感じる心、どうなってるんだろうと知りたくなる気持ち、調べてみようとする行動力。それらの高まりを丁寧に支えていくのも、私たちの大事な役目です。
2010年10月15日
2010年10月5日
No.163 親子遠足で感じたこと
昨日はぱんだ・うさぎ・りす組の親子遠足があり、一緒に参加してきました。アクアスまでのバスの中では、恒例になってきた感もありますが、みなさんに子どもの名前の由来を発表してもらいました。誰が、どのような思いで、どんな状況でといった話を、そのときのみなさんの気持ちを想像しながら聞くことができました。『もうすぐ生まれるというときに助産師さんから「名前を呼んであげて!」と言われた主人が、とっさに口にした名前がこの子の名前になりました。その時初めて聞いた名前だったのでびっくりしましたが・・・。』というこちらもびっくりする話があったり、本当にみなさんの話は様々でした。どの方の話にも共通していたのは、子どもの誕生を喜ぶみなさんの様子、家族の暖かい気持ちがあふれている様子が思い描ける話だったことです。そして、アクアスで楽しそうに子どもと接しておられるみなさんの姿を見ていて、親子の愛着関係はやっぱり大事だとあらためて感じることができました。
せっかくなので愛着関係について考えてみると、こんな興味深い資料もあります。愛着関係というと乳幼児期の親子の関係をイメージする方も多いかもしれませんが、小学生になっても大事にされなければいけないということが示されている資料です。それは、戦後の昭和22年に文部省が学習指導要領の試案をつくるときのもので、1年生及び2年生における心理的特性が挙げられています。そこには「児童は非常に活動的で、自分たちでいろいろなことをするのに興味を持っている。」「さわって見たり、味わったり、においをかいだり、五感に訴えることが多い。」など、子どもの姿を的確に表していることが書かれていて、その中の1つに「両親の愛情と教師の親切がないと、感情が著しく不安定になる。」とあります。小学生でも自発的に活動して学んでいくためには親との愛着関係がまずは大切だということです。
最近の世界の教育は8歳までは乳幼児期と捉えるべきという考えが主流になってきているので、2年生くらいまでは親子の愛着関係についての重要性の意識がもっと高まってもいいようにも思います。「両親の愛情と教師の親切が・・・」ということは、子どもが主体的に活動し学びを深めていくためには、親子は愛着関係が、そして私たち保育者は「子どもの存在を丸ごと信じる」という信頼関係の形成が大切だというわけです。お互いの立場から、愛着関係と信頼関係で子どもの育ちを支えていくことを大事にしたいと感じた親子遠足でした。
せっかくなので愛着関係について考えてみると、こんな興味深い資料もあります。愛着関係というと乳幼児期の親子の関係をイメージする方も多いかもしれませんが、小学生になっても大事にされなければいけないということが示されている資料です。それは、戦後の昭和22年に文部省が学習指導要領の試案をつくるときのもので、1年生及び2年生における心理的特性が挙げられています。そこには「児童は非常に活動的で、自分たちでいろいろなことをするのに興味を持っている。」「さわって見たり、味わったり、においをかいだり、五感に訴えることが多い。」など、子どもの姿を的確に表していることが書かれていて、その中の1つに「両親の愛情と教師の親切がないと、感情が著しく不安定になる。」とあります。小学生でも自発的に活動して学んでいくためには親との愛着関係がまずは大切だということです。
最近の世界の教育は8歳までは乳幼児期と捉えるべきという考えが主流になってきているので、2年生くらいまでは親子の愛着関係についての重要性の意識がもっと高まってもいいようにも思います。「両親の愛情と教師の親切が・・・」ということは、子どもが主体的に活動し学びを深めていくためには、親子は愛着関係が、そして私たち保育者は「子どもの存在を丸ごと信じる」という信頼関係の形成が大切だというわけです。お互いの立場から、愛着関係と信頼関係で子どもの育ちを支えていくことを大事にしたいと感じた親子遠足でした。
2010年10月1日
No.162 リレーの様子を見て
子どもたちの様子を見ていると、大事なことを気づかされたり、再確認させてもらったりということがよくあります。木曜日には、「おおっ、さすが!」と思う場面にいろいろと出くわしました。例えば、散歩から帰ってきた3,4,5歳児が昼食前にしていた遊びです。誰が言い出したのかは分かりませんが、棒切れを2本用意し、2チームに分かれてリレーを始めていました。どうも最近流行っているようで、夢中になって次々に交代しながら走り続け、それを見ている子もとても楽しそうな表情でした。
当たり前のことですが、リレーは人数を揃えたり、チームを決めたり、走る順番を決めたりと、調整しなければいけないことがたくさんあります。大人がやってしまえば簡単なことですが、これを子どもたちが自分ですることには大きな意味があります。みんなと遊ぶ中で様々な工夫をすることは、問題解決能力をつけていくためにはとても大事なことです。また、そこで考えたことを他の子に伝えて調整するために必要なのは、コミュニケーション能力です。今子どもたちに求められている「問題解決能力」と「コミュニケーション能力」が、リレーという遊びを通して鍛えられていることを感じました。また、その遊びを見ている子がいるということも重要です。今はその遊びに加わらないとしても、楽しさを感じあこがれをもって見ることで「やってみたい!」という気持ちが生まれ、その遊びは子どもたちの間で伝承されていきます。様々な遊びに取り組むことも大事ですが、「見る→あこがれる→やってみる→また見る→…」というサイクルを体験することもとても大事なことです。
こうしたことは子ども集団ならではの体験です。問題解決能力もコミュニケーション能力も、様々な役割があるという社会の一員としての意識も、全て様々な人とのかかわりの中で生まれてきます。少子社会だからこそ子ども同士の関わりを大事にしなければいけないと、子どもたちの姿を見ながら再確認することができました。
23年度の保育所の入所申し込みが11月から始まります。10月18日(月)と26日(火)には、新しくあさり保育所に入所を希望される方を対象に説明会を行ないます。どれだけの方が来ていただけるか分かりませんが、あさり保育所で子どもたちが体験していること、子ども集団で体験することが子どもたちにとってどれだけ重要かといったことを、しっかりとお話しようと思っています。
当たり前のことですが、リレーは人数を揃えたり、チームを決めたり、走る順番を決めたりと、調整しなければいけないことがたくさんあります。大人がやってしまえば簡単なことですが、これを子どもたちが自分ですることには大きな意味があります。みんなと遊ぶ中で様々な工夫をすることは、問題解決能力をつけていくためにはとても大事なことです。また、そこで考えたことを他の子に伝えて調整するために必要なのは、コミュニケーション能力です。今子どもたちに求められている「問題解決能力」と「コミュニケーション能力」が、リレーという遊びを通して鍛えられていることを感じました。また、その遊びを見ている子がいるということも重要です。今はその遊びに加わらないとしても、楽しさを感じあこがれをもって見ることで「やってみたい!」という気持ちが生まれ、その遊びは子どもたちの間で伝承されていきます。様々な遊びに取り組むことも大事ですが、「見る→あこがれる→やってみる→また見る→…」というサイクルを体験することもとても大事なことです。
こうしたことは子ども集団ならではの体験です。問題解決能力もコミュニケーション能力も、様々な役割があるという社会の一員としての意識も、全て様々な人とのかかわりの中で生まれてきます。少子社会だからこそ子ども同士の関わりを大事にしなければいけないと、子どもたちの姿を見ながら再確認することができました。
23年度の保育所の入所申し込みが11月から始まります。10月18日(月)と26日(火)には、新しくあさり保育所に入所を希望される方を対象に説明会を行ないます。どれだけの方が来ていただけるか分かりませんが、あさり保育所で子どもたちが体験していること、子ども集団で体験することが子どもたちにとってどれだけ重要かといったことを、しっかりとお話しようと思っています。
2010年9月24日
No.161 緑の話
目に入る景色の中でどのくらい緑があるかということを表す「緑視率」という言葉があります。その緑視率がだいたい25%あると人は緑が豊かだと感じ、精神的にもよい影響を与えることがわかってきています。これは屋外空間について使われることが多かったのですが、最近は室内空間でも同じような捉え方がされるようになってきています。
例えば、コクヨと愛媛大学の共同実証実験結果にこんなものがあります。『オフィスに植物を置くと時間の経過とともに親しみを感じる人が多くなり、緑視率が高いほど「あたたかみがある」「親しみやすい」「落ち着く」「自然だ(潤いがある)」と感じる人の割合が高く、「アメニティ(快適さ)効果」「疲労感をやわらげる効果」「癒し効果」など、心理的な快適性を高める効果が期待できる。ただし、室内の場合は、逆に緑視率が高すぎても、緑が多すぎる、うっとうしいと感じる人の割合が高くなる。』ということです。このような結果から考えると、保育室にもある程度緑のものを置くことで、子どもたちの精神的な効果がありそうです。
そんなこともあって、あさり保育所の室内にはあちこちに観葉植物が置いてあります。緑視率20%を目指しているのですが、管理のことや配置方法などいろいろ課題もあって、すぐに20%とはいきません。でも、日照の関係もありますが、植物が元気よく育つ環境は子どもにとっても優しい環境であるはずなので、少しずつ目指すところへ近づけていこうと思っています。
話は変わって、先日、樹木に詳しい方と一緒に菰沢公園へ出かけ、きれいな花をつける木、どんぐりがたくさんとれる木、背丈が高くなる木、風除けに適した木など、様々なことを教わってきました。そこで教わったことをもとに、これから少しずつ園庭の木を増やす計画を進めていこうと思います。夏は茂った葉が日陰を作り、冬は葉を落として日光を届けてくれる、そんな木がある園庭。大きく育った木を活用してツリーハウスを設置したりすることで、平面だけでなく立体的に遊べる園庭。そんな園庭をイメージしています。当然、今の泥んこ遊びや砂場での遊び、乗り物を使っての遊びも、もっともっと充実させて…。大きく膨らんだイメージを整理しながら、1つずつ形にしていこうと思います。当分の間、緑をテーマにあれこれと考えることになりそうです。
例えば、コクヨと愛媛大学の共同実証実験結果にこんなものがあります。『オフィスに植物を置くと時間の経過とともに親しみを感じる人が多くなり、緑視率が高いほど「あたたかみがある」「親しみやすい」「落ち着く」「自然だ(潤いがある)」と感じる人の割合が高く、「アメニティ(快適さ)効果」「疲労感をやわらげる効果」「癒し効果」など、心理的な快適性を高める効果が期待できる。ただし、室内の場合は、逆に緑視率が高すぎても、緑が多すぎる、うっとうしいと感じる人の割合が高くなる。』ということです。このような結果から考えると、保育室にもある程度緑のものを置くことで、子どもたちの精神的な効果がありそうです。
そんなこともあって、あさり保育所の室内にはあちこちに観葉植物が置いてあります。緑視率20%を目指しているのですが、管理のことや配置方法などいろいろ課題もあって、すぐに20%とはいきません。でも、日照の関係もありますが、植物が元気よく育つ環境は子どもにとっても優しい環境であるはずなので、少しずつ目指すところへ近づけていこうと思っています。
話は変わって、先日、樹木に詳しい方と一緒に菰沢公園へ出かけ、きれいな花をつける木、どんぐりがたくさんとれる木、背丈が高くなる木、風除けに適した木など、様々なことを教わってきました。そこで教わったことをもとに、これから少しずつ園庭の木を増やす計画を進めていこうと思います。夏は茂った葉が日陰を作り、冬は葉を落として日光を届けてくれる、そんな木がある園庭。大きく育った木を活用してツリーハウスを設置したりすることで、平面だけでなく立体的に遊べる園庭。そんな園庭をイメージしています。当然、今の泥んこ遊びや砂場での遊び、乗り物を使っての遊びも、もっともっと充実させて…。大きく膨らんだイメージを整理しながら、1つずつ形にしていこうと思います。当分の間、緑をテーマにあれこれと考えることになりそうです。
2010年9月17日
No.160 心をひとつに
運動会の開会式の中で、ぞう組さんの代表が誓いの言葉を言う場面があります。その言葉は「ぼくたちわたしたちは 心をひとつに 最後まで協力してがんばります」というものです。この言葉の意味を子どもたちがどこまで理解しているか分かりませんが、運動会の取り組みの様子を見ていて、こういうことなんだろうなぁと思わされることがたくさんあります。
例えば、本番では見られませんが親子競技の保護者役を手伝ってくれたり、競技中の道具の出し入れやゴール地点の管理役をしてくれたりするぞう組さんの姿。例えば、リレーをしているぞう・きりん組の様子に熱い視線を向けているくま組さんの姿。例えば、ぞう・きりん・くま組が玉入れをしているとき、参加したいのか、すでに参加している気持ちになっているのか、今にもみんなの輪の中に飛び込んで行ってしまいそうなぱんだ組さんの姿。例えば、うさぎ・りす組が登場すると、優しく包みこむような表情や雰囲気に変化する子ども立ちの姿。
「心をひとつに」という言葉はいろんな捉え方があると思うんです。みんなが同じことをするといったイメージがあるかもしれませんが、自分の違いを発揮し他人の違いを認めることも、「心をひとつに」することじゃないかと思っています。協力とかチームワークには当然それが必要ですよね。違っている一人ひとりが、それぞれの立場から、それぞれが出来ることをすることで、運動会という場を作り上げていく、そんなことが当たり前のように出来ている子どもたちの様子を見ていて、あらためて「すごいなぁ」と思ったわけです。そんな「心をひとつに」っていいなぁとつくづく思いました。みんなで違いを認め合って、一人ひとりの個性を十分に発揮することができて、だからこそ全体がよりよいものになる。そんな関係性を、運動会でも普段の保育でも大事にしたいと思っています。その思いを絵で表現すると、こんな感じになりました。
例えば、本番では見られませんが親子競技の保護者役を手伝ってくれたり、競技中の道具の出し入れやゴール地点の管理役をしてくれたりするぞう組さんの姿。例えば、リレーをしているぞう・きりん組の様子に熱い視線を向けているくま組さんの姿。例えば、ぞう・きりん・くま組が玉入れをしているとき、参加したいのか、すでに参加している気持ちになっているのか、今にもみんなの輪の中に飛び込んで行ってしまいそうなぱんだ組さんの姿。例えば、うさぎ・りす組が登場すると、優しく包みこむような表情や雰囲気に変化する子ども立ちの姿。
「心をひとつに」という言葉はいろんな捉え方があると思うんです。みんなが同じことをするといったイメージがあるかもしれませんが、自分の違いを発揮し他人の違いを認めることも、「心をひとつに」することじゃないかと思っています。協力とかチームワークには当然それが必要ですよね。違っている一人ひとりが、それぞれの立場から、それぞれが出来ることをすることで、運動会という場を作り上げていく、そんなことが当たり前のように出来ている子どもたちの様子を見ていて、あらためて「すごいなぁ」と思ったわけです。そんな「心をひとつに」っていいなぁとつくづく思いました。みんなで違いを認め合って、一人ひとりの個性を十分に発揮することができて、だからこそ全体がよりよいものになる。そんな関係性を、運動会でも普段の保育でも大事にしたいと思っています。その思いを絵で表現すると、こんな感じになりました。
2010年9月10日
No.159 運動会まであと1週間
暑い日が続くので、無理はせずにボチボチと…といった感じですが、運動会に向けての取り組みが毎日いろんなクラスで行われています。子どもたちの楽しそうな表情を見ていると、行事によるメリハリはやはり大事だと感じます。運動会というと動きの活発な3,4,5歳児の種目がどうしても多くなりますが、0,1,2歳児の取り組みもぜひ注目してもらいたいと思っています。ハイハイをしたり、よちよち歩いたり、ジャンプをしたり、鉄棒にぶら下がったりと、時間をかけて獲得してきた様々な動きを披露してくれる予定です。こうした動きを獲得するに至った過程を想像しながら見ていただきたいと思います。
体を自在に動かせるようになるためにはいろんな要素が必要になりますが、例えば自分の体に対しての理解というのも運動の始まりには重要なことの1つだと思っています。生まれたばかりの赤ちゃんはどこまでが自分の体なのかという理解がまだ出来ていません。赤ちゃんはいろんな物に触ったり他人に触ったりしますが、その時に感じるのは「触った感触」だけです。でも自分に触ったときは「触った感触」と「触られた感触」が同時に起こります。ダブルタッチとも言ったりするようですが、これを繰り返すことで「どこまでが自分なのか」という範囲を探検していきます。こうして自分の体の範囲を知った上で、さらに広い外の世界へ向かう挑戦をしていくわけです。
こうした挑戦を通して子どもたちは成長していきますが、その挑戦に欠かせないのが、親や保育者による見守りや応援といった「安全基地を提供する」ことです。大人もそうですが、自分の中に確固たるもの(安全基地)がなければ新しいものに次々挑戦していくことは難しくなります。新しいことに挑戦することで成長していく私たちにとって、安全基地があることはとても重要だというわけです。運動会当日はいつもと雰囲気が違うというだけで、子どもたちにとっては十分に新しい世界です。そこでの挑戦に生き生きと向かって行くためにも、みなさんの見守りや応援が欠かせません。子どもたちの挑戦をみなさんが喜んでいる、そして応援している、その姿を見せることが子どもたちの安全基地になりますし、大きな力を生み出すことにもつながります。運動会はまだ1週間先ですが、子どもたちがどんな姿を見せてくれるか考えるとワクワクしてきます。運動会の取り組みを通して喜びや楽しさを感じてほしい、成長してほしい。そんな思いで子どもたちの挑戦を応援したいと思います。
体を自在に動かせるようになるためにはいろんな要素が必要になりますが、例えば自分の体に対しての理解というのも運動の始まりには重要なことの1つだと思っています。生まれたばかりの赤ちゃんはどこまでが自分の体なのかという理解がまだ出来ていません。赤ちゃんはいろんな物に触ったり他人に触ったりしますが、その時に感じるのは「触った感触」だけです。でも自分に触ったときは「触った感触」と「触られた感触」が同時に起こります。ダブルタッチとも言ったりするようですが、これを繰り返すことで「どこまでが自分なのか」という範囲を探検していきます。こうして自分の体の範囲を知った上で、さらに広い外の世界へ向かう挑戦をしていくわけです。
こうした挑戦を通して子どもたちは成長していきますが、その挑戦に欠かせないのが、親や保育者による見守りや応援といった「安全基地を提供する」ことです。大人もそうですが、自分の中に確固たるもの(安全基地)がなければ新しいものに次々挑戦していくことは難しくなります。新しいことに挑戦することで成長していく私たちにとって、安全基地があることはとても重要だというわけです。運動会当日はいつもと雰囲気が違うというだけで、子どもたちにとっては十分に新しい世界です。そこでの挑戦に生き生きと向かって行くためにも、みなさんの見守りや応援が欠かせません。子どもたちの挑戦をみなさんが喜んでいる、そして応援している、その姿を見せることが子どもたちの安全基地になりますし、大きな力を生み出すことにもつながります。運動会はまだ1週間先ですが、子どもたちがどんな姿を見せてくれるか考えるとワクワクしてきます。運動会の取り組みを通して喜びや楽しさを感じてほしい、成長してほしい。そんな思いで子どもたちの挑戦を応援したいと思います。
2010年9月3日
No.158 食事の話
今週の火曜日、「いろいろな調理方法で野菜を食べてみよう」という取り組みが行われました。使用した食材は保育所の畑で収穫した大葉、かぼちゃ、ナスです。大葉は天ぷらだけでしたが、かぼちゃは焼いたり天ぷらにしたり、ナスは塩もみしたり焼きナスにしたり天ぷらにしたりと、様々な調理方法で食材の味を楽しみました。クッキングなどもそうですが、こうした取り組みは「調理室側からの保育」とも言えます。
今回の取り組みは、いつもと違った形で野菜と出会い、そのものだけを集中して味わってみるというものです。ポイントは「食べる」ではなく「味わう」というところです。「味わう」ことで子どもたちが何を感じ、どのような言葉で表現するかが大事なところです。そのことについては子どもたちからも話があったのではないでしょうか。食べるという行為は、「味覚、触覚、嗅覚、聴覚、視覚」と五感全てを活用する活動です。子どもの育ちを支える上で、この活動を充実させない手はありません。味噌汁クッキングで繊細な出汁の味を味わうことや、先で行われる予定になっている魚をさばく様子を目の前で見ることなども、子どもたちの五感を刺激するためにとても大事な活動です。
また、先週も少し取り上げた「食育」という言葉を考えてみると、最近取り上げられる「食育」は栄養指導や料理活動、栽培活動での事例が多く、どれも食材に焦点が当たっていますが、誰と食べるかということに触れられることはあまり多くありません。最近、食事をみんなで一緒に食べることによる社会的認知的発達や、自己と他者理解に効果があるのではないかということが発表されています。みんなで一緒に食べることで食欲が増すということは以前から知られています。それだけでなく、他の人と食べることで味覚が変わることも最近の研究でわかってきています。もっと言えば、たくさん食べようとする意欲が生まれたり、好き嫌いがなくなったりするのは、みんなで食べることによるということが分かってきているのです。そういう意味では、少子社会の今、保育所のように子ども集団による食事は大事にしなければいけません。
繰り返しになりますが、子ども成長にとって食事はとても大切です。栄養・調理・栽培以外にも、五感を使うことやみんなで食事をすることの意味を、もっと深く検証して具体的な活動につなげていかなければと思っています。
今回の取り組みは、いつもと違った形で野菜と出会い、そのものだけを集中して味わってみるというものです。ポイントは「食べる」ではなく「味わう」というところです。「味わう」ことで子どもたちが何を感じ、どのような言葉で表現するかが大事なところです。そのことについては子どもたちからも話があったのではないでしょうか。食べるという行為は、「味覚、触覚、嗅覚、聴覚、視覚」と五感全てを活用する活動です。子どもの育ちを支える上で、この活動を充実させない手はありません。味噌汁クッキングで繊細な出汁の味を味わうことや、先で行われる予定になっている魚をさばく様子を目の前で見ることなども、子どもたちの五感を刺激するためにとても大事な活動です。
また、先週も少し取り上げた「食育」という言葉を考えてみると、最近取り上げられる「食育」は栄養指導や料理活動、栽培活動での事例が多く、どれも食材に焦点が当たっていますが、誰と食べるかということに触れられることはあまり多くありません。最近、食事をみんなで一緒に食べることによる社会的認知的発達や、自己と他者理解に効果があるのではないかということが発表されています。みんなで一緒に食べることで食欲が増すということは以前から知られています。それだけでなく、他の人と食べることで味覚が変わることも最近の研究でわかってきています。もっと言えば、たくさん食べようとする意欲が生まれたり、好き嫌いがなくなったりするのは、みんなで食べることによるということが分かってきているのです。そういう意味では、少子社会の今、保育所のように子ども集団による食事は大事にしなければいけません。
繰り返しになりますが、子ども成長にとって食事はとても大切です。栄養・調理・栽培以外にも、五感を使うことやみんなで食事をすることの意味を、もっと深く検証して具体的な活動につなげていかなければと思っています。
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