2007年12月21日

No.25 冬至の過ごし方を提案します

今日は新しい試みとしてキャンドルナイトを計画しました。このことについては少し前にお知らせでも書きましたが、ここでももう少しだけ書いてみたいと思います。

このキャンドルナイトの活動は夏至と冬至の日に各地で行われてきたイベントで、環境のために電気を消してろうそくの明かりで過ごそうという目的があります。当然環境問題は大切なことなのですが、保育所として子どもを巻き込むにはテーマが少し大きすぎます。ということで、保護者の皆さんに、冬至の日の夜のひと時をろうそくの明かりで過ごすことを提案してみてはどうかと考えました。いつもとは少し違った家族の関わりが見えてくるかもしれませんし、もしかするとこの先子どもたちが、自分以外の人のことや周りの環境のことに思いをめぐらすきっかけにもなるかも知れないと思ったりもします。

また、夜にろうそくの明かりで過ごすというのは違う意味もあります。人間は電気がなかった大昔、太陽の光と月や星の光の中で生活をしていました。昼間は頭の上からの太陽の光のもとで活動します。夜は家の中でろうそくであったり燭台であったりと、床に置いた明かりに照らされます。囲炉裏なども同じで、下からの光です。そんなことからも分かるように、明るさの違いと同時にどこから光を浴びるかということからも、人は1日の流れを感じていたようです。それが電気の発明によって変わってきて、基本的には常に頭の上からの光を浴びるようになりました。また照度が増したおかげで夜でも昼間の明るさを浴びます。そう考えると、現代の生活はどこか体にはよくない影響がある気もしてきます。だからこそ、ろうそくの明かりは見直されてもいいのかもしれません。

そんなことをいろいろ考えているうちに、昼は明るく夜は暗い方が体にとっていいとなると、昼寝のときに部屋を暗くするのはどういう意味があるんだろうという疑問が湧いてきましたが、話の終わりが見えないのでやめておきます。とにかく冬至の日(22日)にろうそくの明かりをお子さんと楽しんでみてください(火の始末は忘れずに)。そして、できれば感想も聞かせてください。

2007年12月14日

No.24 自主性の育ちを考える

昨日、ケーブルテレビの撮影がおこなわれました。子どもたちはカメラを意識しすぎることなく普段の姿を見せてくれていたので、ありのままの保育所の様子を見てもらうことができるのではないかと楽しみにしています(編集にもよるとは思いますが)。放送の中ではこの保育所がどんなところかを説明するシーンがあり、その取材を受けながら改めて考えたことがあります。

あさり保育所では、子どもたちに自発的に活動する力をつけてもらいたいと考えています。保育理念に「人生の基礎づくりのお手伝い」とありますが、人生の基礎づくりにこの力は欠かせないと考えるからです。ではそのために何が大切かというと、やはり自主性を育てるためには0歳児からの発達をきちんと捉えるということです。

子どもは、乳児の頃に愛情豊かな大人から愛され守られ信頼されることによって、情緒的に安定し大人の期待に自らこたえようという気持ちが芽生えてきます。これが主体的な活動の始まりであり、発達するにつれて自発的な興味や関心を示して周りのものに働きかけたり、人と関わろうとする気持ちになっていきます。こうして自分が主体となることで、他者への働きかけに自信を持ち、言葉や思考力、自分をコントロールする力をつけていきます。このようなことの積み重ねで子どもは自主性を育てていきます。さらにはその結果として、新たな態度や知識、能力をつけていこうとするわけです。

ややこしい内容になったので簡単にまとめると、子どもの自主性(道徳性も同じだと思っています)は、きちんとした発達を遂げていく過程で生まれてくるということです。教えれば身につくというものではないのが難しいところです。そしてその発達(自主性の芽生え)をきちんと保障するためには、1人ひとりの成長の違いを把握し、その違いに丁寧に対応しなければいけません。多様な子どもたちに対して私たちも多様に関わり、そして子どもたちがそれぞれに持っている素晴らしい力を信じて子どもたちの成長を支えていきたいと、今回のケーブルテレビの撮影を機に改めて思いました。

2007年11月30日

No.22 発表会の取り組みを考える

明日はいよいよ発表会です。みどころを書いた資料をプログラムと一緒にお配りしましたが、それとは別に、私なりに各クラスの取り組みを考えてみました。

▼りす組(0歳児)は、普段の遊びの様子の一部を見てもらいます。当然全員そろった動きなどはまだ披露できませんが、登場する子どもたちの姿を見て 「かわいい~!」と叫んでいただきます。

▼うさぎ組(1歳児)は、普段みんなで踊っているダンスの披露です。日頃はいきいきとしている子どもたちも、舞台で固まってしまうこともあり得ます。それもまた子どもらしさとして受けとめていただきたいと思います。

▼ぱんだ組(2歳児)は、手遊びと運動遊びです。自分を表現することがずいぶん上手になりましたし、模倣することも楽しんでいます(しかも個性的!)。そして、かなり仲間意識が育ってきています。個々の成長とともに、注目してもらいたいところです。

▼くま組(3歳児)は、劇のお話をお昼寝の際にバックミュージックとして聞いていました。そのためか、ストーリーが身体に無理なく染み付いているようで、のびのびと自分を表現しています。くま組さんらしさがしっかりと発揮されています。

▼きりん組(4歳児)は、役割を演じることがずいぶん上手になりました。話の中のやりとりも、セリフを通して子ども同士が関わり合っているのが伝わってきます。普段の生活での関わりがここでも生かされています。この劇のストーリーもお昼寝のときに聞いてきたので、ストーリーをよく理解しています。

▼ぞう組(5歳児)も、劇のお話をお昼寝のときに聞いてきました。それぞれが自分の役割を自分らしく演じ、それがストーリー全体を更に盛り上げます。何より楽しんで自分を表現しているのが伝わってきます。保育所の活動を引っ張ってきてくれた子どもたちのパワーを感じることができます。

子どもたちは発表会で「よそいきの自分」をどう演じるかという課題にも向き合います。心が大きく揺れ動く子もいるでしょうが、それも大切な経験だと考えます。そんな子どもたちの心を、明日は皆さんでしっかり受けとめてあげてほしいと思います。

2007年11月22日

No.21 本の貸し出しを始めます

11月に入ってから、保護者用の本のコーナー(小さいです)を子育て支援室に作り始めています。既に子育て支援センターに来られる方には利用してもらっていますが、皆さんにも利用してもらえるようにします。貸し出し期間は1週間です。たくさん本を揃えることはできないかもしれませんが、子どもや子育てに関係のある本を少しずつ増やしていこうと考えています。

今用意しているのは、まず食事の本。子どもは大切な成長期です。一生の土台を作る、もっとも大切な時期です。そんな時期だからこそ、食生活が大きく変わってきている今だからこそ、食事のことを皆さんと一緒に考えたいと思っています。大げさに書きましたが、難しい本を置くつもりはありません。今置いているのは、春・夏・秋・冬の旬のレシピ集などです。

子育てに関する本は、まだ数が少ないです。数名の保護者から要望ももらっていますし、今から増やしていこうと思っています。

そして、これからじっくり考えていきたいと思っているのが「環境」についてです。「環境」についての本も用意します。アメリカインディアンの言葉に「7世代先の子孫のことを考えて行動しよう」という言い伝えがあるようです。たとえば何百年もたっている古い大きな木を切るときや広い土地を売ったり買ったりするときは、この言葉をもとに判断するということです。言葉としては簡単ですがスケールの大きさを感じます。こうしたスケールの大きさや視野の広い発想が、これからは特に求められているようになるでしょう。

子どもたちの豊かな成長を願うことと、子どもたちにいい自然環境を残そうと考えることは、同義だと思っています。自然に直接触れることを通して自然環境との良い関係を築いていくことは、子どもの成長にとって大切なことです。そんな大切な自然環境のことを少しでも意識するきっかけになるような本を探します。

本の貸し出しはゆっくり整えていきます。興味のある方は、ぜひ子育て支援室をのぞいてみてください。そして、こんな本があればといった要望などもお聞かせください。

2007年11月9日

No.19 意欲のはなし

全国学力調査とOECDのPISA(国際学力到達度調査)の結果に共通する日本の子ども達の問題として、考える力が落ちてきたことを先月このひとりごとで書きました。同時に、こども達が「主体的な活動」をしなくなり「学ぼうとする意欲」が低下してきているともいわれています。

なぜ日本の子ども達にこのような問題点があるのでしょうか。考えられるのは、物があふれてなんでも簡単に手に入るようになったことや、有難さを感じにくくなくなり、何とか手に入れたいと思う気持ちが薄れてきたこと。また、少子化で親がひとりの子どもにかけられる時間が増えたこと、それによって、子どもは待っていれば、または主張しなくても満足できる状態が得られるようになることなどがあるのではないでしょうか。

そういうことは保育所でもいえると思います。丁寧な保育は特に乳児期には必要ですが、過剰なかかわりや、大人が先回っていろいろと考えて欲しがるより先に与えてしまうことなどは、決して子どもの意欲を育てることにはなりません。また幼児期(3~6歳)では、大人が子ども達に一斉に何かをさせる、それで子ども達が何かが出来るようになることも確かにあります。しかし、子どもが受身になることによって、子どもの主体性や意欲が育ちにくいということも言えます。これらのことは、どの保育所でも見直しが必要になってきていると思います。子どもの「主体性」や「意欲」を育て伸ばすことこそ、今、保育所に求められている役割なのではないかと考えています。 フランスの保育園(0~2歳児のみ)の報告でこんな内容のものがありました。

「手を伸ばして何かを取ろうとして取れないときは、すっと近くに持っていってあげるということはするわけです。だけど、たぶんこの子は欲しいんだろうなと先回りして渡すことはしません。あくまでも、子どもが取ろうとする努力をしなければ手を出しません。してほしければ自分から言いなさい、主張しなさい、待っていても何もしてあげないわよっていうことを、結局は教えているわけです。」

0~2歳児だけでなく、全ての子どもに対しての大人の関わり方のヒントが詰まっていると思います。

2007年11月2日

No.18 布団敷きも大事な保育

以前からぞう・きりん・くま組のお昼寝の準備は、主にぞう組さんがおこなっています。ごはんを食べて着替えなどが終わると、自分たちで何分までに布団敷きを終わらせるか"宣言"した時間までに終わるように、協力して布団を敷いていきます。時間までに仕事が完了すると、楽しい遊びができる「特別な時間」が待っています。子どもによってごはんを食べるペースは様々なので、時間の設定もなかなか難しいと思うのですが、ぞう組さんたちはあれこれ考えながらやっています。

そんな布団敷きですが、昨日はこんなことがあったと報告を受けました。ぞう組さんはいつも通り時間を決めてやっていたのですが、時間内に終わらせることができなかったようです。しかも、中にはその時間ぎりぎりまで他のところでサボっていて、時間になる頃に布団敷きにやってくるという子がいたとのこと。そこに関わっていたM副所長はこのことを「いい機会」と捉え、時間までに終えることができなかったことを理由に、楽しい「特別な時間」をやめて「話し合いの時間」を設けたようです。

この話にはいろんな意味があると思います。サボっていたのは確かに良くないことではあるけど、この布団敷きのルールにはこのような"抜け道"が存在します。それを見つけて実行するには、時間を意識して行動することが必要です。そう考えると今回のサボりの実行は、ある意味では子どもの成長とも言えると思います。そして一番大きい意味は、自分が楽をしようとしたことで、より大きなみんなとの楽しみを得られなかったことを体験した点だと思っています。自分さえ良ければという考えの先に、集団の充実は待っていません。個が十分に発揮され、さらに個人個人が協力することで、より大きな楽しさにつながっていきます。このような体験の繰り返しによって、子どもたちは協力することの意味やルールの意味を学んでいくと思っています。

例えばこの件は叱責で収めることもできます。しかしそれでは見かけ上は収まっても、決して『育ち』には至らないと思っています。解決のために、子どもたち同士の話し合いに持ち込んだことは、まさに今私たちが取り組んでいる保育のエキスが詰まっていると考えます。

2007年10月26日

No.17 全国学力・学習状況調査の結果から考えること

以前から気になっていたことが新聞で取り上げられていたので、今回はその話題からです。昨日の新聞で全国の小学6年生と中学3年生を対象にした全国学力・学習状況調査の結果が公表されていました。この調査は43年ぶりに実施されたとのことですが、OECD(経済協力開発機構)という機関が15歳の子どもたちを対象に実施した2003年のPISA(国際学力到達度調査)の結果と同じような問題が表れているようです。それは、日本の子どもたちは、暗記中心の「基礎知識」の問題は得意だが、応用問題とか実生活に役立つ「活用」問題は苦手だということです。

OECD(経済協力開発機構)は、EU諸国や北米、日本など先進諸国が加盟し、国際経済に関することを協議する国際機関です。それがなぜ15歳の子どもたちの学力調査を行っているのかというと、これからの社会を担う子どもたちにどのような能力が求められ、そのための教育がどうあるべきかを研究しているからです。OECDでは、これからの社会をリードする人材は、単に知識が豊かだとか計算が速いことではなく、読解力(問題の本質を突き止める力)や応用力(知識・理論などを総合的に考え、実際の問題に当てはめていく力)などの問題解決力が重要だとしています。

日本では、PISAの順位が何位からいくつ下がったとかで騒いでいましたが、問題の本質は順位ではなく、教育システムそのものが問われていたと思っています。両調査でも明らかなように、学習時間を増やして教える量を増やしても、考える力や問題解決能力はつかないと思えるのですが、なぜか日本の教育政策はそこが遅れたままになっているように思います。

そしてこのことは、実は就学前(0~6歳)の問題でもあります。そのことについてはまた次の機会に書こうと思いますが、いずれにしても日本の教育は、このままでは先進諸国からずいぶんと後れを取るのではないかと心配になります。

2007年10月19日

No.16 中学生の職場体験

10月30日(火)、31日(水)の2日間、職場体験として江東中学校の生徒4名をあさり保育所で受け入れることになりました。その活動のねらいは次のようなことだと中学校より説明を受けています。

『労働の尊さを味わい、進路実現をめざす意欲と展望をもつ一機会とする』
『職業や自己の適正について理解すると共に、社会人としての心構えやマナーを身につける』
『地域の人々の仕事や生き方を知りそれに学ぶ』

とても大切なことだと思います。社会に対して視野を少しずつ広げ、社会の一員としての自覚が育っていく時期に、このようなねらいでの職場体験をすることは、意味のあるものだと思います。しかし、せっかく保育所に来てもらうので、もう1つのねらいをそこに加えたいと思います。

そのねらいとは、「自分の育ちを振り返る」ということです。0歳児から5歳児まで、全ての段階の子どもたちを見てもらおうと思います。最近家庭や地域で0歳児から5歳児までの子どもと一度に触れ合う機会は、かなり少なくなってきていると思います。自分の育ってきた歩みを実際に見て感じたり触れて感じたりすることは、今の自分を確認することにもつながりますし、「育てられた」自分から「育てる」自分になっていくという人間の根源的に重要な営みを学ぶためにも、非常に意味のあるものだと考えます。そのようなことをいつでも体験できる保育所には、小学生や中学生に対しても育ちの支援を行うことを、今後はますます求められてくるだろうと感じています。子どもの育ちを縦のつながりで考えたとき、小中学校などとの「縦の連携」は大切なことです。

当然中学生との触れ合いは、子どもたちにとっても貴重な体験となります。中学生のことを、いつも関わっている保育士より"近く"に感じる子どももいるかもしれませんし、逆に"遠く"感じる子どももいるかもしれません。中学生とどのように接し、どのようなことを感じるか。子どもたちの心の動きを見てみたいと思います。

2007年10月12日

No.15 子は親の鏡

今回は「子どもが育つ魔法の言葉」(ドロシー・ロー・ノルト著)の中の言葉を紹介したいと思います。有名な育児についての本なのでご存知の方もいるとは思いますが、あえて紹介させてもらいます。子どもに対してどう接していいか分からないという悩みが非常に多くなり、それが大きな問題を起こして頻繁に報道されている現状を考えると、ここに書かれている言葉を今こそ大切にしなければいけないと思います。この本は保育所に1冊だけあります。貸し出しもしますので、興味をもたれた方は声をかけてください。

『子は親の鏡』

・けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる。
・とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる。
・不安な気持ちで育てると、子どもは不安になる。
・「かわいそうな子だ」といって育てると、子どもは惨めな気持ちになる。
・子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になる。
・親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる。
・叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう。
・励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる。
・広い心で接すれば、キレる子にならない。
・誉めてあげれば、子どもは明るい子に育つ。
・愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ。
・認めてあげれば、子どもは自分が好きになる。
・見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる。
・分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ。
・親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る。
・子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ。
・やさしく思いやりを持って育てれば、子どもはやさしい子に育つ。
・守ってあげれば、子どもは強い子に育つ。
・和気あいあいとした家庭で育てば、子どもはこの世の中はいいところだと思えるようになる。

2007年10月5日

No.14 りす組の食事

現在あさり保育所には0歳から6歳まで様々な年齢の子が全部で75名いて、様々な生活が繰り広げられています。その中の一番小さなりす組(0歳児)には今8名の子どもがいます。このりす組は年度途中での入所が多いクラスで、今年度のスタート時は3名でしたが、今月中には9名になる予定です。今回はこのりす組の食事の特徴(特にハイテーブルとハイチェアー)について少し触れてみようと思います。

あさり保育所では「楽しく食事をする」ことを基本としています。これはどの年齢でも変わりません。ですから、どのクラスもできる限り保育士も一緒に食事をするようにしています。そしてりす組では、子どもが自発的に食べ物を手にして口に運ぶことを促す食事の方法を大切にしているので、床には食べ物がこぼれ落ちてかなり汚れてしまいます。本当は低い椅子でしっかりと安定して座れる方がいいのですが、床に落ちた食べ物に触れながらよりも、落ちたものが気にならないようにハイテーブルとハイチェアーを使うことにしました。

さらに、自発的に食事をするためには、テーブルと口元の距離が適切かどうかということも大切です。そのため使っているハイチェアーは高さが自由に変えられるようになっています。また安定して座れるようにおしりの大きさに合わせたり、ひざからかかとまでの高さも調整できます。これらの距離を一人ひとりに合わせて様々に調整できます。椅子の宣伝みたいになりましたが、実際にこの机と椅子で子どもたちの食事もスムーズに進んでいるようです。

食事も次の段階では「1人で上手に食べること」「気持ちよく食べること」が課題になってきて、机とイスも低いものに変わります。当然まだたくさんの食べこぼしがありますが、それを「不快」と感じることで、気持ちよく食べようという意欲につながっていきます。次の段階の食事に対しての考え方でもあります。 全ての子にとって食事の時間の学びが多くなるためには、まだまだ見直す点はあります。りす組以外の食事についてもいつか触れたいと思います。りす組のハイテーブルとハイチェアーをまだ見ておられない方は、子どもたちの楽しい食事風景を想像しながら、ぜひ一度見ていただきたいと思います。

2007年9月28日

No.13 子どもの好奇心には楽しんでつきあう

今週の火曜日の食事の時間(この日はカレーライスでした)に、Mちゃんがスプーンを持って「おもしろいことを発見した!」と教えに来てくれました。何を発見したのか聞いてみると、「スプーンのくぼんだ方に顔を映すと上下さかさまに映る」とのこと。とてもキラキラした目でこの"不思議"な現象の発見を話してくれたので、このことを他の子にも伝えてあげようと思いランチルームに行ってみると、既にこの話題で盛り上がっていました。

いい機会なのでこの現象の理由を説明しようと思い絵を描き始めたのですが、子どもたちが「わー、おもしろい!」「顔がひっくり返ったー!」と言っては興味深くスプーンを眺めている様子や、それを一緒に楽しんでいる保育士の様子を見ていて、今こんなややこしいことを説明しなくてもいいだろうと思い、その場を離れました。

3~5歳くらいの子どもは特に「これなあに?」「なぜ?どうして?」とよく聞いてきます。これは物の名前や見ている物の因果関係に強い関心を抱くためです。そして不思議に感じた現象に対して好奇心をもって向き合うことが「科学する心」を育てていきます。「なぜ?どうして?」と感じた子どもに対しては、まず、不思議だと感じたことを"一緒になって楽しんで不思議がる"ことが大切で、そのことが「科学する心」や好奇心をさらに育むことにつながっていきます。

そして、この「これなあに?」「なぜ?どうして?」は言葉の獲得も促していきます。2歳では300前後の言葉を持っていて、3歳では1日平均2語半の新しい言葉を獲得すると言われているように、幼児期には著しく言葉が増えていきます。ものを考え、それをまとめ、人に伝えるといったコミュニケーションに必要な言葉への関心は、幼児期からすでに始まっています。こうした言葉の獲得が、不思議に思う気持ちや好奇心から促されると考えると、子どもの毎日の生活の中で好奇心を刺激することは、これから少しずつ関わる社会を広げていく子どもたちにとって大切なことだとあらためて思います。子どもの好奇心には、こちらも楽しむ気持ちをもって丁寧につきあおうと思わせてもらえた出来事でした。

2007年9月21日

No.12 鏡を設置しました

運動会が無事に終わりました。そのことについては園便りに書かせてもらうので、ここでは一言だけ。「子どものことを大切に思う気持ちがあれだけたくさん集まる環境というのは、やっぱり気持ちがいい!」ということです。理屈っぽい性格のためかシンプルに気持ちを表現するのが苦手なのですが、運動会に関しては単純にそんな風に感じました。これ以上書くと、既に書いてしまった園便りの内容(大したものではありませんが…)と重なってしまうので、このくらいにしておきます。

さて、保育所の生活の話に戻ります。今週の水曜日に、子どもたちの生活に少し変化をつけるため、4ヶ所に子どもの姿がしっかり映る鏡を設置しました。ぱんだ・うさぎ・りす組の部屋に1枚ずつ、そしてぞう・きりん・くま組のおしたくコーナーのそばに1枚です。"テント型の鏡"や"顔がたくさん映る鏡"など春からあったものを合わせると、随分とそろえることができました。この鏡を設置したのには大きく2つの考えがあります。

まず1つは「自分を知る」ということです。子どもだけでなく私たちも、何かに姿を映さなければ自分の姿が分かりません。食事の後や遊んだ後の汚れ具合、着替えた後などの衣服が整っているかどうか、もっと言えば感情によって変化する自分の表情など。これらを知ることは、自分の今の状態がわかり、次に何をすべきかを知ることにもつながります。汚れたところをきれいにしたり、ボタンの掛け違いに気づいて直したりといったことも、より促しやすくなると思います。もう1つは「立体や空間を理解する」ということです。子どもの世界は、まず平面からスタートします。そこに前後左右や上下が加わってくることで、立体や空間の理解が始まってきます。自分では前後を同時に見ることができませんが、鏡があればそれができます。見える空間が広がります。そういったことなどを感じるきっかけになればという期待をもっています。

しかし、そんな思惑を超えた楽しさが鏡にはありました。鏡に映っている自分の姿は自分?それとも他人?おそらくそんな風に悩んでいるんだろうという子どもの姿も見られます。そんな楽しい悩みを生み出したことだけでも、鏡を設置した価値はあったと思っています。

2007年9月14日

No.11 挑戦する姿を見ることも大切な関わり

運動会の予行練習も無事終わり、いよいよ明日の本番を待つのみとなりました。明日の天気に多少の不安はありますが、子どもたちの運動会に向けた気持ちの盛り上がりには変わりはないようです。

以前、運動会の目的として「普段の保育をより深める」ということを書きました。その後の保育を豊かにしていくためのもの、ということです。そのことに関しては、子どもたちが主体的で積極的に、そして何よりやる気に満ちた表情で取り組んでいる姿を見ていると、様々な形で今後につながっていくだろうと想像できます。そしてその見方とは別に、普段の保育がこの運動会の取り組みに確実につながっていると感じることがあります。

運動会の取り組みを何度か見ていて、他の子がしている活動を「見る」ことの意味が随分深くなってきているように感じます。それはおそらく「子ども集団」が充実してきたことによるものだろうと思っています。普段の保育の中で、子どもたちは遊びを発展させながらお互いに関わったり、当番活動のように場面ごとに役割を変えながら友だちと関わったりしています。その繰り返しから少しずつ集団が豊かになり充実してきています。だからこそ、日頃一緒に活動をしている友だちががんばっている姿を見ると、親近感を持って見つめたり声援を送ったりする姿があちこちで見られました。普段の集団での生活が充実していれば、他の子の挑戦する姿を見たり、自分の挑戦する姿を見せたりすることも、意味のある大切な関わりになると思いました。

当たり前のことですが、「見る」は「まねる」につながっていきます。人のすることを「まねる」ことから「まねぶ」になり、それが「まなぶ」になったと言われるように、見てまねることは学ぶことにもなります。見ることから真似をし、そこから学ぶ。挑戦をすることからも、その挑戦を応援されることからも学ぶ。運動会の取り組みにはいろんな学びがあったように思います。このような体験をした子どもたちが明日どんな姿を見せてくれるか、皆さんと一緒に楽しみにしたいと思います。

2007年8月31日

No.9 運動会が近づいています

運動会に向けての取り組みが始まっています。職員同士でもいろんな話し合いが行われていて、その話を聞いているだけでも運動会がいい行事になりそうな予感がしています。園便り9月号で運動会の中の「選ぶ」ことについて少しだけ触れていますが、今回のひとりごとでは運動会の基本的な考え方についてもう少し詳しく書いてみようと思います。

まず一番大切な目的です。あさり保育所では運動会を「子どもの運動能力の発達を保護者に伝える」「親子のふれあいを提案する」「普段の保育をより深める」という3つの目的に位置づけます。ここから分かっていただけると思いますが、この日のために何かを毎日練習したりとか、その年齢ではできないようなことを計画したりといったことはありません。

具体的に見てみると、「親子のふれあいを提案する」ということで、親子競技や親子リズムを計画しています。「子どもの運動能力の発達を保護者に伝える」ということで、歩く力・走る力・跳ぶ力・乗り越える力などを発揮する、かけっこや障害物越えなどを計画しています。この障害物越えの中に園便りで触れた「選ぶ」ことが取り入れられています。

最後の「普段の保育をより深める」ですが、実はこれが行事のあり方として一番重要で一番難しいところではないかと思っています。ここまでの保育のあり方が問われるところでもあるかも知れませんし、さらに今後の保育がより豊かになっていかなければいけません。ポイントは普段と同じで「子どもがいかに主体的に取り組めるか」ということになるでしょう。子ども自身から「自分でやりきろう!」という気持ちが湧き上がってくるように(言いたくなる気持ちを乗り越えて)いかに導くかが、運動会に対する私たちの取り組みの中で重要な点ではないかと思います。

まだ書きたいことはありますが、長くなってしまうのでやめておきます。今後、運動会の見どころなどのお知らせを出す予定ではいますが、ひとりごとでももう1回くらい運動会について取り上げてみたいと思っています。

2007年8月24日

No.8 絵本は奥が深い

昨年から絵本コーナーをつくっていて、そこに行けばいつでもいろんな絵本を読むことができるようにしています。このコーナーは子どもたちになかなか人気があり、そこをのぞきに行けば大体誰かが絵本を読んでいます。この絵本コーナーを含めた保育所の絵本を中心になって管理してくれているのが"絵本係"のF保育士(前回も登場しました)です。絵本に対する情熱はかなりのもので、F保育士がいろんな絵本を選んでくれるおかげでラインナップは随分充実してきました。またその情熱によって、絵本の奥深さを教えてもらっています。

幼児期に絵本を読むことにはいろいろ意味があり、まず文字に関心を持つきっかけになります。文字を読めないうちからでも絵本を読み聞かせていると、文字に関心を持ち、意味を読み取るようになります。文字を理解していく最初の段階として、とても重要な意味を持っています。さらに名作童話と言われるものは、日本語の美しいリズム・音・言葉にたくさん触れることができるので、とても貴重な教材だと思います。

また別の意味として、疑似体験ができるということがあります。絵本には子どもの心情を丁寧に描かれたものが多くあります。うれしい体験や悲しい体験、時にはいじめなども描かれます。こうした絵本に触れることで、その内容を通して、困難を乗り越えたり、大きな悲しみに耐えたり、人を許したりという疑似体験をすることができるのが絵本のすごさだと思います。この疑似体験が、後に実際に体験する困難や悲しみに立ち向かったとき、自分自身の支えになってくれるはずです。絵本はそんな力も持っているように思います。力強いメッセージや願いが盛り込まれた、言葉や文字への関心を育てるだけでなく心の成長にも欠かせない絵本と、できるだけ多く出会ってもらいたいと思っています。

今ランチルームの壁には、職員一人ひとりのお気に入りの絵本を紹介したものを貼っています。昨年度からホームページで公開しているものです。その絵本に対する熱い思いも書かれていますので、そちらもぜひ見ていただきたいと思います。

2007年8月17日

No.7 善悪の価値観が問われている?

みなさんはどんなお盆を過ごされたでしょうか。今年のお盆は「異常気象では?」と思ってしまうくらいの暑さでした。40℃を超える地域もあり、地球が私たちに何かを訴えているようにも思えます。「暑かったね~」で終わらせてはいけない問題が潜んでいるような気もしています。

さて話は変わりますが、15日は終戦記念日、少し前の6日は広島の原爆の日、9日は長崎の原爆の日でした。あさり保育所の6日の朝は、F保育士による「原爆」の話から始まりました。話の内容は、細かいことをあれこれとではなく、"ひろしまのピカ"という絵本の絵を見せながら、「昔こんなことがあったんだよ」という事実を伝えるというものです。原爆や戦争は子どもたちにはまだまだ難しいテーマです。実際にどこまで伝わるかは分かりません。でもこのようなお話をすることは意味のあることだと思っています。

子どもが「原爆」「戦争」という言葉の意味を理解するのは難しいでしょうが、その話をする大人から思いや感情はしっかり受け取ってくれます。今回も話をしたF保育士の表情や声に表れる感情から何かを受け取ってくれたと思っています。「戦争」などの戦いの後に残るのは虚しさやひずみだけです。子どもの周りにある「暴力」「武器」「戦いごっこ」といった「戦いにつながっていくこと」に対して、私たちはもっと強く嫌悪感を示したり悲しい表情をしたりしなければいけないのではと思うようになりました。

子どもたちはまだ絶対的な善悪の判断基準を持っていません。善悪の判断は大人の顔色や反応を見ながら学んでいきます。悪いことだと薄々感じていることは、少しやってから大人の様子を見ます。そのときの大人の顔つきなどでそのことがいいことか悪いことかを判断します。子どもたちは私たちの行動をじっと見ているのです。真似る(まねる)ことが学ぶ(まなぶ)ことだとすると、子どもたちの前で私たち大人の価値観が問われているのかもしれません。

2007年8月10日

No.6 子育て支援って何だろう?

あさり保育所には子育て支援センターがあります。江津市には東中西部と桜江地区にそれぞれ1ヶ所ずつ子育て支援センターがあり、その東部を任されています(中部は保健センター、西部はのぞみ保育園、桜江は谷住郷保育所です)。平成14年にスタートし今年が6年目、活動は少しずつ軌道に乗ってきています。

「子育て支援」という言葉は、子どもたちのことを語るときには必ずといってもいいほど登場してきます。行政も「子育て支援」のために様々な施策を打ち出し、子育て支援センターや子育て相談室などが今でも次々に作られています。でも、賛否両論ある「赤ちゃんポスト」が設置されたりする状況などから考えると、子どもたちを取り巻く状況が改善に向かっているという実感はあまりないのが正直な気持ちです。問題の核心を捉えた支援ができているのか、「子育て支援」の意義は何なのか、そんなことを考えてしまいます。

「子育てを楽しもう!」といった意味の標語をよく目にします。誰もが楽しみたいと思っているはずです。でも決して「楽」ではないのが現実だと思います。登山をする人は、苦しいけれどそれを楽しむことができる感性をもっているはずです。同じように子育てにも、「子どもの世話をし、自立に向けて子どもに関わっていく。その過程では、多くの我慢も必要だし苦労もたくさんあるけれど、それらをひっくるめて『楽しい』と感じられる。」感性が必要だと思います。子育てに関わる全てのことをひっくるめて、それを楽しいと思ってもらえる、そのきっかけを作るお手伝いをしていくことが「子育て支援」の重要なところではないかと考えます。

センターや相談室を数多く作ることやイベントを数多く行うことは、目的ではなく手段です。「子育ては大変だけど、子どもの成長を感じることができてうれしい」と思ってもらい、そしてそれを一緒になってうれしいと喜べること。この「思いの共有」の繰り返しこそが、「子育て支援」の真髄であり目的に近づく大切な部分ではないか、そんな風に思うようになりました。子どもの成長を感じてもらい、ともに喜ぶ。言葉としては短いですが、奥はかなり深そうです。

2007年8月3日

No.5 悩みや課題はつきません

夏祭りは、保護者のみなさんのおかげで無事終えることができました。今年の夏祭りは参加された方がなんと約580人!普段が園児と職員あわせて約90人なので、6倍以上の人数です。こんなに多くの方に来ていただけるうれしさと、全員に満足して帰ってもらうにはどうすればいいのかという悩みが頭の中を駆け巡っていました。来年に向けてもこの悩みは続きそうです。

種類は違いますが、悩みや課題は当然日常の保育にはたくさん存在しています。その中の1つの課題に向けて今週の水曜日に動きがありました。ぞう・きりん・くま組の遊びのスペースの模様替えです。ごっこ遊びコーナーを製作コーナーの隣に動かし、積み木コーナーを動かして少し広げ、絵本コーナーも動かして少し広げました。積み木と絵本のコーナーを動かして少し広げたのは、これらのコーナーの使い方が充実してきたためですが、ごっこ遊びコーナーに関しては少し意味合いが違っています。

ごっこ遊びは奥の深い遊びで、子どもにとって学びがたくさんあります。子ども同士の関わりもあり、豊かな想像力による遊びの広がりもあります。この広がりを考えたとき、このコーナーに用意された食材などの玩具だけではどうしても限界があります。私たちは、子どもたちが広がりの限界を感じたとき、「無いものは作ろう!」という欲求を持ってもらいたいと思っています。この欲求が製作活動への意欲につながり、そしてそれがごっこ遊びをさらに豊かにしてくれる(製作からごっこ遊びへの発展もありえます)、そんなことを期待してごっこ遊びコーナーを製作コーナーの隣に動かしました。

保育の全てに言えることですが、保育室の模様替えにもこれが正しいというものはないと思っています。悩みや課題に真正面から向き合い、子どものためという判断軸で答えを出し行動する、そして、本当にそれが子どものためか疑ってかかり検証する。その繰り返しこそが「正しい」あり方だと考えます。今回の模様替えは、ぞう・きりん・くま組の職員が4月から子どもたちの活動を丁寧に観察し続けたことから提案されました。今後も丁寧な観察・検証そして改善は続きます。

2007年7月27日

No.4 暑さの違い

ようやく梅雨が明けて暑い暑い夏がやってきます。外は暑いですが、いろんな建物の中に入るとエアコンのおかげでホッと一息つけます。一息はつけるのですが、このエアコンの存在はなかなか難しいと思っています。今回は保育所の全室にエアコンを設置したときに考えたことを少し書いてみようと思います。

保育所には学校のように夏休みがありません。「体温調節をする力を今からつけていく乳幼児期に暑い夏をいかに健康な状態で乗り切るか」ということは課題でもありました。エアコンの設置はこの暑さをクリアするという目的も当然ありますが、保育として、子どもの育ちにもつながる部分があるという思いもあります。(全室一斉に、朝から夕方までずっと、などという使い方は全く考えていません。そのことを前提に読んでください。)

一番に考えたのが「暑さの違い」を演出することです。外にいるとき日向と日陰では感じ方が違います。日向や日陰にはそれぞれの良さや役割があります。そんな違いを建物の中でも作り出せないか考えました。同じ建物の中にも暑い場所と涼しい場所がある。風がよく吹く場所がある。そんな違いを肌で感じることにも子どもの育ちはあると考えます。

また、日向と日陰の役割のように、涼しい場所(一時避難の場所?)があるから暑い場所で安心して思う存分遊べるということもあります。しっかり汗をかきながら遊んでもらうために、夏の遊びを更に充実させるために、涼しい場所を用意してあげたいとも考えました。

皆さんもよく知っていると思いますが、子どもはたくさん汗をかくことで、体温を調節するために汗を出す「汗腺」を発達させていきます。この「汗腺」はとても大切なので、汗をしっかりかきながら遊びに熱中できるよう導いていかなければいけません。暑い中で汗をかかせながら涼しさも体感させるというややこしさはありますが、こんなこともこれからの夏のテーマでもあると思っています。

2007年7月20日

No.3 積み木遊びの充実

ぞう・きりん・くま組さんの積み木遊びが少しずつ充実してきました。この積み木遊びは単純なようでとっても奥の深い遊びです。この奥深さが積み木遊びの中にだんだん現れてきているのを見ながらうれしく思っています。

積み木遊びは想像力を刺激します。白木の積み木は子どもたちの気持ち次第で何にでも変化します。例えば赤く塗られた直方体の積み木があるとすれば、それを見た多くの子は消防車を連想すると思います。それが白木の積み木だと電話になったり、自動車になったり、飛行機になったり・・・。色がついていないことで、逆に子どもたちは色鮮やかな世界を自由に想像できます。

創造力・応用力も刺激されます。積み木遊びは上に積んでいくことも横に広げていくことも自由にできます。でもこの自由というのが曲者で、何もないところから作り上げていくのはなかなか大変な作業です(私は苦手です)。さらに使えるスペースも限られているため、必ず誰かの作品とぶつかります。自分のイメージしているもの(思い)と他人のイメージしているもの(思い)がぶつかったときに、どのようにそれらをつなぎ合わせるか。お互いの思いをどんなふうに尊重しあうか。そんなことを考える必要も出てきます。そう考えると、創造力や応用力以上の力も鍛えられるのかもしれません。

また、先週からは積み木遊びの広がりを期待して、「ヒモの中の作品は片付けなくていい」というルールを新たに作りました。何日もかけて遊びが発展していくので迫力ある作品が出来上がります。またそのルールの裏には「ヒモの中の他の子が作ったものを壊さない」というルールも当然隠されています。自分だけではなく、集団で生活しているという意識が必要です。自分の作品が保障され、他の子からもジャマされない。ということは自分も他の子のジャマをしない。そんなことを積み木遊びから学んで欲しいと思っています。

またごちゃごちゃとややこしく書いてしまいましたが、まだ子どもたちの作った積み木を見たことのない方は、是非一度見てあげてください。細かいところにまで子どもたちのいろんな思いがたっぷり詰まっています。

2007年7月17日

No.2 ぱんだ組のちゃぶ台

少し前の話ですが、ぱんだ組の部屋のままごとコーナー(キッチンセットが置いてあるところ)にちゃぶ台を置きました。素敵なちゃぶ台です。出来事としてはそれだけのことですが、思いはいろいろとあります。

一般的な話ではありますが、子どもは3歳になりだした頃から遊び方が少しずつ変わっていきます。それまではどちらかと言えば、一人ひとりで遊びを楽しみます。子どもたちが一緒に遊んでいるように見えてもそれぞれが単独で遊んでいたり(平行遊びと言います)、大人と遊ぶということが中心です。それが3歳頃から少しずつ子ども同士が関わって遊ぶという遊び方に変わっていきます。

ぱんだ組のままごとコーナーでは、大人になりきったように振る舞う子どもの姿がよく見られます。つい笑みがこぼれてしまいます。しかし、まだ今の段階は「一生懸命に大人の真似をしてごちそうを作る遊び」と「ちゃぶ台を囲んで関わりを楽しむ遊び」がそれぞれバラバラなものが多いです。それらがいつかつながることを期待してちゃぶ台を置きました。つながっていくと「ごはんを作る子」と「それをちゃぶ台で食べる子」といった役割ができてきて、大人の社会の小型版がそこに展開されていきます。社会性が育まれていく大事な時期で、子ども同士の関係が輝きを増していく瞬間です。

今職員全員で、このような子どもたちの育ちを丁寧に促すことを課題にして保育にあたっています。子どもたちは今こうで、だからこういう関わりやこういう遊びを取り入れて・・・といったことを、常に考えてくれています。そのことが、子どもたちが大人になって社会に出たとき、自分をしっかり発揮し社会にも貢献できる、そんな力につながっていくと信じています。

少し話が飛躍してしまいましたが、ちゃぶ台を囲んで遊ぶ子どもたちを見ながらそんなことを考えました。今後もその子の「今」に真剣に向き合うことと、それと同時に「子どもたちのこれから」に目を向けた関わりを大切にしていきます。

かたい話になってしまったので、次はもう少し考えます。

2007年7月6日

No.1 お泊り保育を終えて

園便りでお伝えしていましたように、「園長のひとりごと」を書き始めます。内容は「子どものこと」や「考えていること」など、様々なことを書いていこうと思います。できるだけかたくならないように、ありのままの様子や思いを伝えていこうと思っています。感じたことなどがあれば聞かせてください。

今回は6月30日、7月1日に行なったお泊り保育についての話です。

普段の保育もそうですが、特にこのお泊り保育は保護者のみなさんの支えが必要だと思っています。安心できる、いつでも受け止めてくれる、そういったみなさんの存在があってこそ、子どもたちは離れての生活することやお泊り保育のような体験ができます。安心できる存在があって初めて、少しずつ冒険できる(離れることができる)距離が広がっていきます。そんな大きな支えを感じながら、ぞう組さんと一緒に過ごしました。

今回のお泊り保育では、公共の交通機関(汽車とバス)を使って浜田の世界子ども美術館に行きました。実はその道中(汽車の中)で他の乗客の一人から「少し静かにするように」と注意を受けました。確かに子どもたちは多少の興奮もあり、少しにぎやかではありました(それをほっといたわけではありませんが)。その方は「大人になったときに困るから今言っておくけど」と言葉を添えて注意をしてくれました。この方の思いはとてもうれしいことでしたし、子どもたちにとっても貴重な体験をさせてもらったと思います。

私たちは、自己をきちんと発揮しながら、それと同時に自己中心的な考えではなく他の人への配慮ができることも大切です。「ありのままの私」でありながら「みんなの中の私」でもあることを、体験を通して伝えていきたいと思います。この「みんなの中の私」を体験する場は保育の中にももっと必要かもしれません。