2018年5月13日

不慣れな人がまじっても

またまた折々のことばから。

どうして、属性も知られず、能力をうしなったいまのほうが、はるかに敬意をもってあつかってもらえるのだろう。
與那覇(よなは)潤

鷲田さんのことば
うつで入院した歴史学者はカーテンを閉めてひきこもる。それでも話しかけてくる人がいる。つまらない話も楽しそうに聞く。属性や能力を失っても残る人との関係。そこに軸を移して、《不慣れな人がまじっても「その人のチョンボをいかに防ぐか」までが込み》のゲームをモデルに社会を構想しようと身を起こす。『知性は死なない』から。

《不慣れな人がまじっても「その人のチョンボをいかに防ぐか」までが込み》ってすごい言葉です。だいたいがその手前、不慣れな人を混ぜるところまで。いや、不慣れな人を排除する傾向まであるか。残念だけど。

この言葉に対してこんあツイートもありました。




こういう言葉に触れているのって心地いいですよね。

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